6月はいつもゲーム業界の新作発表が相次ぐので、ついついこの手の記事が多くなりがちです。
さて、ついに発表されたナンバリング最新作『ドラゴンクエストモンスターズ4 枯れ木の国のビアンカ・フローラ』。
名作『ドラクエ5』のヒロインたちの少女時代を描くという、オールドファンならずともたまらないコンセプトが飛び込んできました。
当然、タイムラインはお祭り騒ぎになる……と思いきや、スマホをスクロールする私の指は少し戸惑っていました。
歓喜の声の合間に、どこか冷ややかな「ざわつき」がポツポツと、しかし確実に混ざり合っていたからです。
その火種は、シナリオやグラフィックへの不安ではありません(それらの不安が「無い」というわけではありません)。
発売日と同日に配信される、通称「便利系DLC」の存在でした。

一度仲間にしたモンスターと遭遇できる「真・追憶のモグダンジョン」をはじめ、育成効率を劇的に上げるシステム群が本編と同時に別売りされます。
「実質的なアンロック課金なのでは?」と身構えざると得ない、というわけです。
今回はこの、なんとも言えない「モヤモヤ」を起点にしたいなと。
昨今のゲーム業界で当たり前になりつつある「DLCのあり方」と、私たちが突きつけられている「IPの死」という少し怖いテーマについて、いちゲーマーとして深掘りしていきます。
効率を上げるための必須の潤滑油を、本体とは別に売りつけられる気持ちはどうですか?
……それはもはや追加コンテンツではなく、『分割商法』と呼ぶべきではないでしょうか
育成ゲームにおける「バランス設計」の放棄
モンスター育成ゲームにおいて、システムに求められる面白さの根幹は、突き詰めれば以下の2点しかないと考えます。
- 「快適」に、かつ「快適すぎず」、モンスターを強化していけること
- 自分の好きなモンスターを、ある程度の狙い(ロジック)を持って仲間にできること
この「塩梅」の調整こそが、ゲームデザインのすべてです。
ボタンを押すだけで最強パーティが完成してしまえば一瞬で飽きますし、逆に確率と作業の壁が分厚すぎれば、それはただの「苦行」になってしまいます。
だとすれば、「育成の効率化システムを初日からDLCとして売る」というアプローチは、どういう意図で設計されているのでしょうか。
少し意地悪な見方をしてみます。
- 仮説①:通常版は「適切なバランス」である
もし通常版が完璧なバランスなら、DLCを買えば「ヌルゲー」になり、ゲーム体験が崩壊してしまいます。
- 仮説②:通常版は「苦行」に設定されている
DLCを買って初めて「適切なバランス」になるように意図的に調整されているということになります。
日本を代表するメーカーが、「買っても買わなくてもいい、バランスを壊すかもしれないもの」をわざわざ開発費をかけて売りますか?(仮説①はあり得ない)
そう考えると、どうしても「このゲームは、DLCを買わないと不便な思いをしますよ」という、無言のメッセージを受け取ってしまうのです。(仮説②はあり得る)
まだ実際に遊んでいない以上、これは推測に過ぎません。
ただ、システム設計の理屈から逆算していくと、どうしてもそう勘繰りたくもなってしまいます。
信用の切り売り、不便さの買い取り
いい加減、過去の遺産(IPの信用)を切り崩すような売り方は、見直す時期に来ているのではないでしょうか。
今回に関しては、「あの」ビアンカとフローラという、シリーズ最大の切り札を切ってきました。
私も含め、かつて夢中になった大人たち(いわゆるドラクエおじさん世代)の財布の紐を緩める戦略として、ビジネス的には大正解なのだと思います。
しかし、このシリーズの未来を考えたとき、一番大切な「子どもたちへの訴求」を忘れてはいないでしょうか。
本来なら「今のポケモンから覇権を奪ってやる」くらいの熱量や気概を見せてほしいタイトルです。
それなのに、すべての要素を快適に遊ぼうと思ったら、子どもたちに向けて13,000円近いフルセットを要求するような売り方をしていて、本当に未来のファンが育つのでしょうか。
特定のメーカーを名指しで叩きたいわけではありません。
ただ、そのメーカーがここ10年で出したタイトルのうち、「時間を忘れてのめり込んだ」と手放しで絶賛できたゲームは、個人的には『オクトパストラベラー』くらいしかありませんでした。
そしてそのオクトラでさえ、ソシャゲからの移植展開において、元のゲームが持っていた良さを自ら薄めてしまうような形になり、個人的にはとても悲しく、裏切られたような気持ちになった過去があります。
「あのメーカーだから」という理由だけで、ネット上で過剰なネガキャンが起きる現状。
それは裏を返せば、もうユーザーからの「信用」残高が底を突いているサインです。
その状況に気づいているのなら、なぜわざわざ世間に「隙」を見せるような売り方をしてしまうのか、いちファンとして歯痒くて仕方がありません。
「開発費が高騰しているから」「他社もやっているから」という足並みの揃え方は、信用という最も重要なリソースを焼き尽くす行為だということに、早く気付いてほしいものです。
「100を150にする拡張」と「未完成の分割」の違い
もちろん、パッケージ代だけで莫大な開発費を回収するのが難しいという、メーカー側の台所事情は痛いほど分かります。
しかし、「快適さ」をお金で買わせるシステムは、一歩間違えるとゲーム本来の調和を崩してしまいます。
勘違いしてほしくないのは、私たちユーザーは決して「追加のお金を払うこと自体」を嫌っているわけではないということです。
『エルデンリング』のDLCや、『モンスターハンター:アイスボーン』の時の熱狂を見れば明らかです。
本編単体で「100%満足させられた」という圧倒的な信頼があったからこそ、さらに世界を広げてくれる「ご褒美としての拡張」に、ゲーマーはフルプライス近いお金でも喜んで払うのです。
DLCは、文字通り「追加コンテンツ」であってほしい。
後から出てくること自体は大いに歓迎します。
すべてを出し切った後で、「実はこんなに面白いアイデアがまだあるんだよね」と提示してくれるクリエイターの矜持。
それこそが私たちが買いたいものであり、出し惜しみをして未完成のままリリースするような手法を、どうしても肯定することはできないのです。
究極のジレンマ:買い支えるか、IPの死を受け入れるか
そして今、シリーズのファンは重い選択を迫られています。
この搾取的なシステムに対して、買わないことで『NO』を示すのか。
しかし、その結果売上が落ち込み、「DQMはもう売れない時代なんだ」と判断されてしまえば、大好きなシリーズそのものが終わってしまうというリスクがつきまといます。
「次回作に繋げるためだと割り切って、不満を飲み込んでお布施をするか」
「悪しきビジネスモデルを終わらせるために、愛するIPと心中する覚悟で買わないか」
本来、新作ゲームの発売日というのは無邪気にワクワクしていればいい日のはずです。
どうして遊ぶ前から、こんな悲しいジレンマを抱えなければならないのでしょうか。
人質を取られた上での交渉です。
ですが、冷徹な事実として『ファンが義務感で買い支えなければ終わるIP』は、遅かれ早かれ寿命を迎えます。
不便さを金で解決するシステムに依存した時点で、そのIPの未来は暗いかと。
おわりに:購入画面で「ワクワク」を殺さないでほしい
最後に、そこまで高尚な話ではない、いちゲームファンとしての素朴な願いをこぼして終わりにしたいと思います。
「ゲームを始める前の高揚感を、カート画面での『損得勘定』で冷めさせないでほしい」
今のゲームは、予約購入のページを開くと「通常版」「デジタルデラックス版」などと選択肢が並んでいて、まずは「自分にはどの効率化DLCが必要か」という値踏みからスタートせざるを得ません。
まだタイトル画面すら見ていないのに、頭の中は現実的な計算でいっぱいになります。
特に育成ややり込みをメインにするタイトルにおいて、「いかに効率よく育てるか」という工夫自体が遊びのコアです。
それを初日から切り離して売られてしまうと、「楽しさの体験」ではなく「作業短縮権というビジネス」を買わされている気分になってしまいます。
何度も言いますが、令和の時代にDLCという手法そのものを全否定するつもりはありません。
ただ、お願いだから「マイナスをゼロに戻すためのDLC」ではなく、「100の満足度を150に跳ね上げてくれるDLC」を作ってほしいのです。
ビアンカやフローラとの新しい冒険、まだ見ぬモンスターとの出会い……純粋に、それだけに胸を熱くしてゲームを始められること。
そんな「正しいゲームバランス」が待っていることを、今はただ切に願いましょう。









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