可愛い女の子が、銃を撃ちまくるテンポの良い防衛ゲームです。
と、いうのは罠です。
右から押し寄せる機械兵を撃ち落とす爽快感の裏で、本作にはもっと恐ろしい「真の敵」が潜んでいます。
それは、画面外から合法的に私たちの資金を奪い去っていく「国家の搾取システム」
——そう、税金です。
今回は、黒タイツの美しいピクセルアートに惹かれてうっかり手を出したプレイヤーを待っている、本作の狂気のリソース管理と、見事なまでに理不尽な世界観について語らせてください。
本当の敵は画面外にいる
本作の基本は「1日の防衛をこなす」→「お給料をもらう」→「そのお金でカード(武器や強化)を買う」というローグライト形式です。
しかし、この「給与支給」の画面こそが、本作で一番心臓に悪い瞬間かもしれません。


- 増え続ける控除項目:
所得税、住民税あたりはまだ序の口。
「国民税」や「消費税の事前控除」など、日を追うごとに新しい名目の税金が天引きされていきます(消費税を給料から先引きってどういうことですか……)。 - 破綻した収支計算:
総支給23に対して、控除総額が-21。
現実なら即日ストライキが起きる明細が、しれっと提示されます。 - 固定給という罠:
昇進して「内門警備」という大役を任され、給料が60で固定になった!と喜んだのも束の間。
それ以上に天引き額がインフレするため、生活は常にカツカツです。

ちなみに、真エンディングを目指す道中であっても、戦闘自体が理不尽に難しすぎるわけではありません。
このギリギリのリソース管理は、プレイヤーをゲームオーバーにするための単なる壁ではなく、「どれだけ完璧に仕事をしても、国家には絶対に勝てない」というどうしようもない現実を、数字でわからせるための強烈な演出と言えます。
提示されるゴミの中から「マシなもの」を選ぶ日々
手取りが1か2しか残らない状態では、1枚のカードを買うのすら命がけです。

ローグライトといえば「どの強いカードを選ぶか」というランダム性が醍醐味ですが、このゲームは少し違います。
「欲しいカードが出ない」のではなく、「なけなしの資金で、提示された微妙なラインナップの中からマシなものを選び、なんとか明日を生き延びる」という極貧のやりくりが求められるのです。
システム(税金)に抗う術はない。
だからこそ、私たちプレイヤーは与えられたわずかな手取りの中で、一番効率のいい延命措置を必死に計算し続けるしかありません。
犬の支援を頼むか、使い捨ての鉄柵を買うか。
涙ぐましい選択の連続です。
事務的な書類が語る、重すぎる「階級社会」
このゲームにおいて、長々とした世界観のムービーなどはほとんど流れません。
物語はすべて「履歴書」や「給与明細」、時たま帰還できる自室にある「テレビ」といった、無機質なUIのテキストだけで語られます。




キャラクターの履歴書を見ると、主人公の妹であるスネジンカは「5等級国民」、元エリート狙撃兵のフェリセットは「2等級国民」と書かれており、明確な身分制度があることがわかります。
「パン屋をひらく」という妹のささやかな夢や、仲間の射殺経験から没落したエリートの過去。
そういった重すぎる背景が、事務的な書類のフォーマットで淡々と提示されるからこそ、妙に生々しくて胸に刺さります。
日を追うごとに狂っていく「大本営発表」
そして何より惹きつけられるのが、一切の救いがない物語体験です。
防衛日数が進むにつれ、どう見ても戦況は悪化していきます。
それなのに、随所に挟まれるニュース(大本営発表)は、前線の惨状を無視して景気の良いプロパガンダを流し続ける。


さらに、徐々に明らかになっていく「敵の機械兵の正体」。
ディストピアのお手本のような絶望的な伏線が、日々の単調な防衛任務の隙間に、じわじわとプレイヤーの首を絞めるように配置されています。
テキストで『国が貧しい』と説明するのではなく、プレイヤーの財布から直接お金を奪うことで『痛み』を共有させる。
資本主義と全体主義の負の側面を、見事なナラティブデザインに落とし込んでいます。
【おわりに】
『溶鉄のマルフーシャ』は、ただのタワーディフェンスではありません。
可愛い女の子たちを操作しながら、「終わっていく世界」と「理不尽な税金」を追体験する、胃の痛くなるようなディストピア体験です。
巨大な国家システム、戦争の前では自分がいかに無力か思い知らされるはずです。
たまには自分の手取り明細を眺めるような絶望を、ゲームの中で味わってみるのも悪くない体験かもしれませんよ。
同作者の次回作『救国のスネジンカ』でも、きっと私たちを存分に苦しめてくれることでしょう。











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