先日のニンダイでの新作発表、画面の前で思わず声が漏れました。
タイトルは、『カリアのアトリエ ~夜の王国と追憶の道標~』。
前作『ユミアのアトリエ』から続く、『追憶』シリーズとなるようですね。

(画像は公式デビュートレーラーから引用)
SNSのタイムラインも歓喜の嵐。
しかし、歴代シリーズの錬金釜を黙々と回し続けてきた熟練の錬金術士である私の心境は、手放しで喜べるものではありませんでした。
ふと、直近で触れた2つの作品――『ユミアのアトリエ』と『紅白レスレリ』の記憶がフラッシュバックしてしまったからです。
次世代の圧倒的なグラフィックを纏いながらも、心臓部であるはずの「錬金システム」にどうしても拭えない違和感を覚えてしまったユミア。
一方で、「どうせソシャゲ派生のお祭りゲーでしょ?」と完全にタカを括っていたのに、いざ蓋を開けてみれば、歴代屈指の「アトリエらしい知性」がパンパンに詰まっていて驚かされた紅白レスレリ。
あの「まさかの逆転現象」が、どうしても頭をよぎります。
今回は新作発表の熱に便乗し、一人のアトリエファンとして、この2作品のシステムを解剖してみたいと思います。
『ここさえ良ければ神ゲーなのに』を毎度提供してくれるのがアトリエの愛らしい点ではありますが、私たちが本当に求めている「アトリエシリーズ」とは、一体何なのでしょうか。
『ユミア』が突破した限界、置き去りにされた「コア」
あらかじめ断っておきますが、オープンワールド化やアクションへの移行といった開発陣の「挑戦」そのものは、シリーズの進化としてワクワクしましたし、大いに歓迎しています。
魅力的なキャラクター造形、そして、神「アサノハヤト」が抜けて久しいながら、アトリエイズムを見事に発揮するBGMたちはもはやお家芸。
RPGを構成する贅沢なアセットたちは、間違いなく次世代のクオリティでした。
だからこそ、惜しい。
ゲームの心臓部である「錬金と探索のループ設計」に生じていたノイズが、どうしても見過ごせなかったのです。
アクション化の代償、消えてしまった「観測の余白」
前シリーズ「ライザ」のウェイト制から一歩踏み込み、今作はアクションバトルへと舵を切りました。
ジャスト回避や距離感の概念など、アクションゲームとしての手触り自体は決して悪くありません。
しかし、アトリエの戦闘における最大のカタルシスとは、そこだったでしょうか?
品質と特性を極限まで盛り込んだ「自作の極悪アイテム」や、「神をも殺せそうな装備」。
それをぶち込み、画面に弾き出される異常なダメージ数値をニヤニヤと鑑賞する。
あの時間こそが至高だと思うのです。
ユミアの高速バトルでは、プレイヤーはキャラクターの背中を追いかけ、敵の攻撃を避けるのに必死。
システムが叩き出したヤバい結果をゆっくり味わう「ターン制特有の観測の余白」が、すっぽりと抜け落ちてしまっていました。
錬金釜の底が抜けた、大味な錬金システム
個人的に一番「これじゃない感」を抱いたのがここです。
アトリエの錬金とは本来、「限られた素材とルールの枠内で、いかに美しく、かつ凶悪なロジックを組むか」という、気付けば朝になっているタイプの沼パズルです。
しかしユミアの錬金は、一見複雑なUIを被りながらも、実態は「とにかく巨大なリソースを釜に放り込めば、誰でも簡単にぶっ壊れアイテムが作れてしまう」という、かなり大味なバランスでした。
これでは、システムの隙を突いてハックする余地も、最適化の喜びもありません。
結果どうなるか。
あまりにも簡単に戦闘のバランスが崩壊してしまうため、プレイヤー側で「あえて強すぎるものは作らない」という縛りプレイを強いられることになります。


極限を追求する錬金術士として、あるまじきセルフデバフ。
『システムを最適化するとゲームが虚無になる』というのは、ゲーマーにとって最大のジレンマですね。
錬金術士たるもの、頭を捻ってシステムを合法的に壊す瞬間にこそ、生きがいを感じる生き物ですから。
「残響片」が強要する、受動的な探索
探索面に関しても、引っかかる仕様がありました。
単調な知育パズル的ギミックは百歩譲るとして、問題は『残響片』というリソースの存在です。
レシピの解放や強化にこれが必須となるため、プレイヤーはどうしても探索を「やらされる」ことになります。
「あの素材あの特性がどうしても欲しいから、それを探して歩き回る」
このポジティブな欲求こそが冒険のスパイスです。
しかし今作は、「残響片というシステム上のストッパーを外すためだけに歩き回る」というネガティブな作業になりがちでした。
その結果、多くのプレイヤーが行き着いた最適解が、
「残響片の湧きポイントで、ひたすらセーブ&ロードを繰り返す」
という虚無のルーティンだった事実が、この仕様の歪さを物語っています。
よく「オープンワールドはアトリエに合わない」という声も聞きますが、私は決してそうは思いません。
フラムで道を塞ぐ岩を粉砕し、レヘルンで川を凍らせて強引に渡る。
錬金術という力で、目の前の不自由を物理的に書きかえる体験こそ、オープンワールドとアトリエが交わる本来の面白さのはずです。
ところが本作では、「指定の銃弾でツタを切る」といった、どこか事務的なフラグ管理の域を出ておらず、世界と錬金術の有機的な繋がりが薄く感じられました。
過去作『ソフィー2』の「錬金術×天候操作」ギミックも、発想は最高だったと思います。
それなのに、わざわざフィールドに専用の操作シンボルが置いてあったのと同じ、もったいない悪癖ですね。


偏見による死角。『紅白レスレリ』に隠されていた真実
ユミアのシステムにどこか物足りなさを感じ、モヤモヤしながら過ごしていたある日。
長らく積みゲーと化していた『紅白レスレリ』を、本当に気まぐれで起動しました。
「どうせソシャゲをコンシューマー用に調整しただけの、底の浅いお祭りゲーでしょ?」
そんな私の驕り高ぶった偏見は、プレイ開始数時間で木っ端微塵に粉砕されることになります。
錬金欲をダイレクトに撃ち抜く「アイテムミックス」
戦闘システムに触れた瞬間、「これだよ、これ!!」と膝を打つことになります。
前衛と後衛が入り乱れるコマンドバトルの中で、連続でアイテムを使用すると特定の組み合わせで発動する『アイテムミックス』。
「さっき作ったこのアイテムと、あれを組み合わせたらどんな効果になるんだろう?」
そんな知的好奇心がダイレクトに刺激されます。
そして、戦闘中に得たその閃きが、そのまま「早くアトリエに帰って、新しい組み合わせを試さなきゃ!」という、完璧な研究開発のモチベーションへと直結していくのです。
美しすぎる導線です。
シリーズ屈指の難易度、「先入れ先出し」の錬金システム
そして何より驚愕したのが調合システムです。
ソシャゲ特有の簡略化どころか、そこには歴代ファンが最も熱中する「リソース管理と特性パズル」の、ひとつの究極系がひっそりと用意されていました。
アイテムの色を繋いでいく基本ルール自体はシンプルです。
しかし、「特性が3つを超えると、古いものから順番に押し出されて消滅する」というたった一つの仕様が、この調合を悪魔的なパズルへと変貌させます。
最終的な完成品に「自分がどうしても残したい3つの特性」をピンポイントで定着させるため、逆算に次ぐ逆算でルートを構築する。
これは間違いなく、歴代シリーズの中でもトップクラスに頭を悩ませ、そして見事にピースがハマった時の「脳汁の出方」が凄まじい、最高のシステムでした。


正当な血統(ユミア)が圧倒的な美しさと引き換えに知的なパズル要素を薄め、傍流のお祭りゲー(レスレリ)が泥臭くコアなロジックをひっそりと受け継いでいた。
あまりに皮肉で、そして胸が熱くなりますね。
次世代への要望書:シャーシは「ユミア」、エンジンは「紅白レスレリ」
ユミアが証明してみせた、次世代RPGとしての圧倒的に美しく広大な外装。
紅白レスレリが隠し持っていた、ファンが狂喜する奥深い錬金ロジック。
今回発表された完全新作のアトリエに対して、一人のファンとして求めているのはもうこれしかありません。
この2つを完璧に統合した「究極のアトリエシリーズ」を見せてほしいのです。
とびきり美しく広大な世界を駆け回って、苦労して手に入れた貴重な素材を釜に放り込む。
そして、頭を抱えながら複雑な錬金パズルを解き明かす。
それこそが、私たちが夢見ている「アトリエというシステムの完成形」だと信じています。









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